大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和60年(く)153号 決定

主文

原決定を取消す。

理由

本件抗告の趣意は、弁護人井上善雄作成の抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

趣旨は、要するに、被告人は、昭和六〇年八月二一日、軽犯罪法違反及び占有離脱物横領罪で起訴されるとともに勾留され、同年一〇月二一日から右期間を更新されたものであるところ、原審は、同年一一月二〇日付をもつて、二回目の勾留期間更新決定をした。しかし、被告人には頭書の住居があるのであり、他に、刑事訴訟法六〇条二項但書所定の勾留更新回数制限の除外事由は認められないから、原判決は、同条項に違反したものとして、取消を免れない、というのである。

そこで、検討するのに、一件記録によると、被告人は、昭和六〇年八月八日、軽犯罪法違反(ドライバーの不法隠匿携帯)の事実で現行犯逮捕され、同月一〇日、右事実につき釈放されると同時に、窃盗(同年二月一日ころ、時価約二万円相当の中古自転車一台を窃盗したというもの)の事実で逮捕・勾留されたうえ、同年八月二一日、同年二月初旬ころ前同自転車を拾得横領した旨の占有離脱物横領及び前記軽犯罪法違反の各事実により求令状起訴されて勾留され、同年九月二四日、別の占有離脱物横領の事実(本起訴事実と同様のもの)により追起訴されたものであること、本起訴事実につき発せられた勾留状には、被疑者につき刑事訴訟法六〇条一項二号、三号所定の事由ありとの記載があつたが、その後原審は、同年一〇月一五日付で同月二一日から勾留期間を更新するにあたり、刑事訴訟法六〇条一項三号のみを掲げたこと(以下、右決定を「第一回更新決定」という。)、被告人に対する原審第一回公判は、同月七日、第二回公判は同月二一日、第三回公判は同年一一月一三日にそれぞれ行われ、被告人・弁護人は、本起訴、追起訴の各事実につき、各自転車の拾得及びドライバーの携帯の点を認めたが、自転車については所有権放棄されていたものであるとか、横領の意思はなかつたなどと主張し、また、ドライバーについても、隠匿携帯ではなく携帯の正当事由があつたなどと主張して事実を争い、検察官請求書証の一部を不同意としたため、第二回公判において逮捕警察官の証人尋問が、また、第三回公判において被告人質問がそれぞれ行われたこと、他方、弁護人は、同年一〇月二一日、被告人には勾留理由が消滅しており、また勾留が不当に長期に及んでいるとして、同法八七条及び九一条に基づき勾留取消の請求をしたが、原審は、被告人には同法六〇条三号(同法六〇条一項三号の趣旨と認める。)所定の事由ありとし、同法九一条所定の事由については明示の判断を示さないまま、右請求を却下したこと、その後、更新された勾留期間の満了直前である同年一一月一九日に至り、弁護人が原審に対し、本件勾留は一一月二〇日に満了するが、本件については、刑事訴訟法六〇条二項但書所定の勾留更新回数制限の除外事由がないから、これ以上勾留期間を更新することは許されない旨の意見書を提出したが、同日夕刻、検察官からも後記のような電話聴取書の提出があり、結局原審は、被告人には刑事訴訟法六〇条一項一号、三号の事由がありなお勾留継続の必要があるとの理由により、本件勾留の期間を同年一一月二一日から更新する旨の決定(以下、「第二回更新決定」という。)を同月二〇日付で行い、右決定は即日執行されたことなどの事実が明らかである。

ところで、刑事訴訟法六〇条二項によれば、同項但書所定の事由(すなわち、同法八九条一号、三号、四号又は六号所定の事由)がある場合でなければ、勾留期間の更新は一回しか許されないことが明らかであるから、以下、本件につき、右各除外事由が存するか否かにつき検討する。まず、本件勾留の基礎となる罪の法定刑からみて、同条一号、三号の事由の存在しないことは明らかである。同条四号の事由については、若干議論の余地はあるが、本件犯行の罪質、態様、法定刑、公判審理の状況及び被告人の弁解の内容などに照らし、やはり消極に解するのが相当である(原審も、二回にわたる更新決定及び勾留取消請求却下決定において、同条四号所定の事由を掲げていない。)。問題は、同条六号の事由の存否であり、所論は、これを肯定した原判断(なお、原決定は、第二回更新決定の理由として、逃亡のおそれのほか、「定まつた住居を有しない」ことを挙げているだけで、同条六号所定の「被告人の氏名又は住居が判らないとき」と挙げていないが、いわゆる住居不定も住居不詳に含まれると解されるから、原決定は、結局、勾留更新回数の制限除外事由としての同条六号の事由をも肯定する趣旨と解される。)が誤りであると主張する。そこで考えるのに、記録によれば、被告人は、昭和六〇年一月二四日前刑の仮釈放を得て山科刑務所を出所したのち、京都市内の更生保護会の世話で約二か月左官として稼働し、約四〇万円の所持金を得たので、同年四月初めころ、以前住んでいた西淀川区に戻り、単身、頭書旭栄荘二五号室を借受けて同所に居を定めるとともに、その後も、尼崎市や神戸市など各所の建築現場などで、引続き左官として稼働し、同年八月八日軽犯罪法違反の事実で逮捕されるまで、右二五号室に居住していた事実が認められ、これによれば、被告人が軽犯罪法違反の事実で逮捕された当時、住居不定でなかつたことは、明らかである。ところで、第二回更新決定の直前に検察官から提出された電話聴取書によれば、右旭栄荘の管理人長谷節子が検察官に対し、「被告人が逮捕されたのち、すでに三か月分の家賃が未納になつており、このような場合は出ていつてもらう約束になつているので、被告人との契約は一〇月末で解消ということになる。被告人の居室にはまだ荷物が置いたままになつており、やむなく被告人が出ていつた状態のままにしてあるが、被告人も他の居住者の手前戻りにくいだろうし、私も被告人のような人にはアパートに入つてもらいたくないので、今後新たに賃貸借契約を結ぶつもりはない。」旨供述したとの記載があり、原審は、右のような状況において被告人を釈放すれば、被告人が旭栄荘に居れなくなつて結局所在不明になるおそれがあるところから、被告人の住居が不定であると認めたものと解される。しかしながら、刑訴法が、勾留更新回数の制限除外事由として、罪証隠滅のおそれのほかには、単なる逃亡のおそれを掲げず、不出頭のおそれが定型的に大きい特定の場合だけを取り出して規定している趣旨に照らすと、勾留更新回数制限の除外事由としての「住居不詳」とは、被告人が勾留更新の時点において定まつた住居を有しておらず、又はこれを有していてもその所在が判明していないことをいい、右時点において定まつた特定の住居を有していることが確認されている者につき、単に釈放後右住居を去つて所在不明になるおそれがあるというだけでは、これにあたらないと解するのが相当である。右の観点から、本件についてみるのに、まず、検察官提出の前記聴取書によつては、前記長谷のいう被告人との賃貸借上の特約が、三か月の家賃の滞納によつて、何らの催告及び解除の意思表示もなしに当然に賃貸借契約を解消するという趣旨のものであつたとは、にわかに断定し難いばかりでなく、かりにそうであつたと仮定しても、被告人が入居にあたり敷金一三万円を納入しており、現時点における滞納家賃(三か月分合計六万円)は、契約解消時に被告人に返還される約束の七万八〇〇〇円の中から充当しうること、被告人が、本件逮捕以前には家賃を滞納したことが一度もないことなど記録並びに当審における事実取調べの結果によつて明らかな諸般の事実関係に照らすと、被告人が身柄拘束を受けた結果家賃三か月分を滞納したからといつて、被告人が頭書住居に居住する法律上の権原を喪失したとは即断し難い。しかも、被告人は、当審における受命裁判官の質問に対し、頭書住居には、左官道具一式、ふとん、電気製品等の荷物を置いているので、身柄拘束を解かれたのちは、家主と話合いのうえ、手持ちの所持金のうちから一部滞納家賃を支払い、早速稼働してできるだけ早く滞納家賃を支払い、引続き右住居に居住するつもりである旨供述しているのであるから、前記旭栄荘二五号室は、現在の時点においてもなお被告人の住居としての実質を有するものといわざるをえない。そうすると、被告人の住居が不定であることを理由として二度目の勾留更新をした原決定は、事実を誤認したか法令の解釈適用を誤つたものとして取消しを免れない。論旨は、理由がある。

なお、付言するに、本件において、被告人に定まつた住居ありと認めてこれを釈放した場合、前記のような意向を持つ管理人の意向に押され、被告人の周囲への気兼ね等から、被告人が右住居に居ずらくなつて同所を出、所在不明になるおそれがないわけではない。しかし、本件のようないわゆる軽微事件については、起訴後可及的速やかに実体審理を遂げ、三か月以内に判決宣告にまでこぎつけるべく、かりに右期間内に判決宣告ができない場合は、住居不詳又は罪証隠滅のおそれという勾留更新回数の制限除外事由の認められない限り、たとえ逃亡のおそれが強くても被告人を釈放するほかはないというのが、法の趣旨とするところであつて、原審としては、すべからく右のような運用により事態に対処すべきであつた(その意味において、本件における原審の期日指定及び証拠調べの方法等には、なお工夫の余地があつたというべきである。)。もつとも、本件においては、本起訴事実に関する勾留の期間が満了しても、追起訴事実により被告人を職権で勾留する余地は残されている。したがつて、原審が、もし現時点においてどうしても被告人を釈放すべきでないと考えるのであれば、あるいは、いつたん被告人を釈放したのちにおいても、その後の被告人の挙動からみて身柄確保の必要性がきわめて強いと考えるのであれば(もちろん、この点の判断は、諸般の事情を考慮して、慎重になされるべきである。)、勾留期間について被告人が不当な不利益を受けることがないように配慮したうえで、追起訴事実につき勾留状を発するのが筋であつて、本件のような場合を住居不詳に含めて解釈することにより本起訴事実についての勾留期間を再度更新する原審のような見解は、刑事訴訟法の文理から離れること甚だしく、当裁判所のとうてい左袒しえないものである。

よつて、刑事訴訟法四二六条二項により原決定を取消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官松井 薫 裁判官村上保之助 裁判官木谷 明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例